初代有節作
赤絵窓山水花鳥文菓子器
初代有節作
腥臙脂釉御神酒器
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現在、紫泥の急須や土鍋など四日市市の地場産業として有名な萬古焼ですが、その発祥は、桑名の豪商沼波弄山が、江戸時代の元文年間(1736〜1740)小向に窯を開いたことにさかのぼります。弄山没後、萬古焼は一時途絶えてしまいましたが、桑名の田町に生まれた森有節(本名、与五左衛門)が、弟千秋(本名、与平)とともに小向の名谷に窯を開き、萬古焼を再興しました。天保3年(1832)のことでした。
有節は、急須や土鍋などの成形に特殊な木型を使用し、量産を可能としました。急須の内部には龍が浮き出るように木型にその文様を刻みました。また、鮮やかな桜色の腥臙脂釉の開発にも成功し、世の喝采を浴びました。これらの業績により、有節のつくりだした萬古は「有節萬古」と呼ばれ、「萬古焼中興の祖」として、その名は現在でも語り継がれています。
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